般若心経は長い間、翻訳してはならないとされてきた。もともとのサンスクリットを表意文字の漢語にするだけでも無理があるのに、さらに日本語に変換したのでは本来の意味が損なわれてしまう。
翻訳してはならない五つの理由。
1・秘密性の故
秘密とは他人に隠すという意味ではない。秘境にある緻密と濃密、奥深くて知ることが難しいという深長な意味合いである。単に言葉の意味だけを日本語にしただけでは、感じ取るべきものが感じ取れなくなる。
2・多含性の故
ひとつの言葉に多くの意味が含まれているので、解釈の仕方次第では別の意味になってしまう怖れがある。自分の体験や知識の範囲だけで軽々しく理解してしまってはいけない。
3・地域性の故
地域地域によって存在する言葉とその意味が違うことがある。また使う人によっても微妙なニュアンスの違いがあり、翻訳したからといって本意と受け取った意味が一致する保証はない。
4・古に準ずるが故
紀元前400年の深遠な意味が、翻訳によって間違って伝えられる危険。その時代に発せられた言葉の原意は、地理的にも時代的にも遠く離れた日本まで正しく言い伝えられてきただろうか。
5・尊重の故
ひとつの言葉の意味を正確に説明するには一時間も二時間もかかるかもしれない。たくさんの言葉を使った時点で本来の一語の輝きは失われてしまう。